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手術後の経過

話の順番が前後しますが、2007年9月に行った手術の結果です。
膵頭部腫瘍、十二指腸、胆嚢、付近のリンパ節、小腸(60cm位)を切除する大がかりなものになりました。
なお血管(門脈)は残すことができました。
手術後に主治医から、内分泌腫瘍であると言われ、全く聞いたことのない名前で、意外に思いました。
後から調べてみると、膵臓がん全体の2パーセント程度しか発生しない稀なタイプで、普通進行が遅いのが特徴とのことです。
膵臓がんの手術後は、普通再発予防のために抗癌剤投与を行うとのことですが、内分泌腫瘍については国内では有効な抗癌剤がない(未承認)とのことで、抗癌剤は行わないことになりました。
手術後の経過は全体としては順調で、予定通り約6週間後の11月6日に退院し、自宅療養の後、2008年2月初めから職場に復帰。その後定期的にCT検査、血液検査を行い経過を見ていくことになりました。
復帰当初は下痢に悩まされましたが、2008年6月頃から下痢が治まり、2009年春頃には体重も増えてきて、内分泌腫瘍は進行が遅いということもあり、再発を恐れつつも少し楽観して日常の忙しさに追われ、次第に発病以前と同じような生活パターンになり精神的に余裕がなく、大きな手術をして体力は落ちているのに、仕事や生活にかなり無理をしていたと思います。
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手術

2007年9月27日、手術。
朝から浣腸して手術に備える。
8時過ぎに家族にも来てもらった。
8時30分、自分で普通に歩いて手術室に向かう。
手術室に入り、まず自分の氏名、生年月日、血液型を言って本人の確認を受ける。
手術台に乗る。手術室は音楽が流れ明るい色調のデザインでリラックスできるように配慮されているが、手術を受ける身としてはやはり非常な緊張感は否めない。
背中に麻酔注射を受けるとすぐに意識が無くなった。
「手術終わりました」とサブの医師に呼びかけられて気が付いた。
麻酔中は全く夢を見なかった。完全に意識はなかった。通常の睡眠と麻酔とは違うようだ。
祈るような気持ちで「時間は?」と家族に聞く。
「夜の8時」
「やった、うまくいったんだ」と心の中で叫んだ。
悪い所は手術で取れたとのこと。
なぜか猛烈に寒い。歯をガチガチと鳴らし、「寒い、寒い」と繰り返し叫んでいた。
寒い他は特に苦痛は感じない。

手術前

転院し、手術後の予後を良くするためとのことで、ドレーン(管)で体外に排出している自分の胆汁を飲むことになりました。
ドレーンの先には胆汁を溜める袋がぶら下げられていて、一定まで溜ると看護師がコップに移して冷蔵庫に保管します。看護師はコーラやジュースで割ると飲みやすい(何とか飲める?)と言うのですが、割ると量が増えて飲めそうにないので、茶色い胆汁を一気にそのまま飲みました。味は苦くてしょっぱかった。
また経口の栄養剤も並行して服用しました。
さて、手術の直前、家族にも来てもらい主治医から以下のように説明されました。
・腫瘍(膵頭部)は5cm程の大きさ。
・手術時間は10時間プラス2時間位。
・十二指腸、胆嚢、血管(門脈)を切除する。血管は足から取って再建(復元)する。
・小腸を胃に繋げる。小腸に胆管、膵管を繋げる。
・リスクはMRSAその他の感染症、膵液漏(膵液が漏れて組織が破壊される)、腸閉塞、肺炎など。
・手術で死亡する確率は400分の1程(自分の手術の実績から)。
・出血は800~1000cc程で、血液の量が少なくなっているので輸血する可能性がある。
・6週間の入院が必要。3週間が重要。
・肝臓に転移など手術ができない場合、バイパス手術(十二指腸、胆嚢を切除し小腸を胃に繋げる)を行う。 この場合手術は短時間で(昼過ぎに)終わる。
・手術後、再発予防として抗癌剤を投与する。(最低半年程度)
・手術後、抗癌剤の前に臨床試験として免疫療法(ワクチン投与)を行いたいので、適合するか(日本人は60パーセント程が適合とのこと)血液を採り検査したい。
などです。
また、ICU(集中治療室)を見学し、手術の前日に麻酔科医から麻酔の説明も受け、手術を待つことになりました。









転院まで

手術を行うためには、黄疸を取る必要があるとのことで、転院の前にお腹の中に管を入れて胆汁が通るようにする処置(胆導ドレナージ:PTCD)をすることになりました。これは外科がやるのですが、外科医は手術の予定が詰まっていて時間が取れなく、なかなかできないのです。予定に入れてやればよいと思うのですが、手術の空いた時間にやるとのことで、いつになるかわからなくて、その間にも腫瘍は段々と大きくなっているはずで、助かるものも助からなくなり、気が気ではありませんでした。
内科の先生に毎日のように聞くのですが「外科には言ってあるから」と言うだけで、何か外科に遠慮しているような感じでした。ここでも大学病院では科が違うと全く連携が取れないようです。
2007年9月14日、やっとPTCDをやってもらいました。経験のある人はわかると思いますが、部分麻酔なので、手術中の先生達の会話が全部聞こえるのでとても不安でした。若い研修医が「そこじゃない、もっとこっちだ、肝臓が破れるぞ」などと、先輩の医師に怒鳴られながらやっているのですから生きた心地がしません。
ともかくも処置は終わり、少しでも栄養を取るため、点滴だけでなく経口栄養剤も飲んで転院を待つことになりました。
お腹の中に入れた管(ドレナージ)は動きやすいので、ベッドであまり動かないようにしていたのですが、経過の観察でレントゲンを撮ったら動いてしまったことがわかり、9月19日急遽管の入れ直しを行ったところ、なかなかうまくいかないので、夜8時過ぎから体の外から直接肝臓に管をつないで、胆汁を排出する手術をしました。
そしてその翌日、2007年9月20日、やっと○○病院に転院し手術を待つことになりました。

セカンドオピニオンその2

セカンドオピニオンを受けた後、入院している病院の主治医に、もう一つのセカンドオピニオン予約を取り消したことを話したところ、先生は絶対に受けるようにと強く勧めました。もう取り消しましたと言いましたが、また申し込めばいいと言われ、結局もう一度申し込みました。後からわかったのですが、主治医は以前その病院に勤めていたとのことで、最初から紹介してくれればよいと思うのですが、大学病院という組織の中では、簡単に他の病院を紹介するわけにはいかないのでしょうか。それでわざわざセカンドオピニオンという患者が自発的に受診する方法を取ったのかもしれません。
2007年9月11日、都内の○○病院で2つめのセカンドオピニオンを受けました。
外科の担当医は、手術できるが成功率は2、3割、血管(門脈)への浸潤はない、ステージはⅢとの判断。CT画像が1か月前で古いため、明日この病院でもう1度CTを撮り判断したいとのこと。
手術の可能性が出てきたので、翌日またCTを撮ってもらい説明を聞いたところ、腫瘍は1か月経ち大きくなってしまっているが、その割には暴れていない。肝臓など他の臓器への転移は見られないとのこで、手術を受けることを決め、その病院への転院をきめました。
入院している病院の主治医は、手術できることを喜んでくれて、転院に向けて準備を始めました。
セカンドオピニオンで外出した3回とも、絶食しているため朝点滴を外し家族に付き添ってもらいタクシーで往復で、都内といっても時間もかかり大変でした。
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